留学大図鑑

ゆみ

出身・在学高校:
私立東京女学館高等学校
出身・在学校:
一橋大学
出身・在学学部学科:
商学部商学科
在籍企業・組織:
外資系企業

先輩の近況をリアルタイムでチェック!

インターン中に、日テレのnews every.に取り上げられました。私の箇所の動画はこちらからどうぞ。

劇団の舞台裏~ドラマのような半年間~

留学テーマ・分野:
海外インターンシップ
留学先(所属・専攻 / 国 / 都市):
  • Phare, The Cambodian Circus (カンボジアサーカス・ファー)
  • カンボジア
  • シェムリアップ
留学期間:
2016年9月-2017年2月(6か月間)
総費用:
- 円 ・ 奨学金あり
  • トビタテ!留学JAPAN「日本代表プログラム」 940,000円

語学力:

言語 留学前 留学後
英語 生活に困らない程度の日常会話ができるレベル 専門的な研究や会議において、議論や調整ができるレベル

留学内容

アンコールワットがある街シェムリアップで、今最も注目を集めているエンターテインメント集団、Phare, The Cambodian Circus (http://pharecircus.org/)で、マーケティング(日本向けメディアリーチ)と接客(会場設営、お迎え、ショーの間の監督、お見送り、片付けなど)のインターンシップを行った。

【目的】
私は、将来、いつか何らかの形で、舞台芸術産業のマーケティングに携わりたいと考えている。
1.趣味を仕事にする前に、試しに業界に入ってみて覚悟を決めるため(舞台鑑賞は趣味でもあるので)
2.海外も視野に入れているため、海外で様々な国籍の人と働くことを体感するため
にインターンをした。

【主に留意した点】
1.相手の国の文化産業に関わる以上、相手の文化に敬意を払えないようでは失格であると肝に銘じていた。
2.ともに働く相手であるアーティストの価値観を理解するため、積極的にアーティストと友達になり、仕事や将来のことを含めて様々なことを話すようにした。

【結果】
1.舞台産業に関わる覚悟が付いた。
2.アーティストの気持ちを理解できるようになった。
3.海外で、様々な国籍の人と働くことに慣れた(半年で、カンボジア人を中心としながらも、計8ヶ国の人と働き、世界中からの観光客を接客した)。

留学の動機

【カンボジアを選んだ理由】
カンボジアでは、1970年代の内戦で壊滅状態に陥ったアート産業を、現在様々な団体が復興させている。このサーカス団はその代表格で、カンボジア国内での公演のほかに、日本を含め世界20ヶ国以上で公演を行っている。カンボジアの企業がこの偉業を成し遂げているということは相当な実力があるだろう、また産業が小さいからこそ様々なことを経験できるだろうと推測して、インターンを決意した。

成果

将来の準備としてのインターンだったことから、
・将来舞台業界で働くための職業倫理が培われた
・世界中に舞台関係者の人脈ができた
・現在の舞台業界の動向を世界規模で実感できた
マルチナショナルな環境にいたことから、
・異なる環境や文化出身の人と当たり前に働く癖が身に付いた
社会人0年目として働いていたことから、
・プロとは何かを体感し、その水準で今後働こうという決意を持てた

ついた力

敬意を払い続ける力

「アートは文化の代表である
文化は国民のアイデンティティーである
現地の文化に敬意を払えず共感できないようでは
文化産業に携わる身として失格である
それができないなら舞台産業で働くべきではない」
これを毎日肝に銘じながら働いた。その結果、文化やともに接する人々に敬意を払い続ける力が、自然と身に付いた。

今後の展望

舞台芸術に携わる方法は、劇団に入るだけではない。全く関係ないように見える業界から、舞台業界の問題を解決するアプローチをするもよし、副業として(あるいは限りなく副業に近い趣味として)携わるもよし、様々な方法がある。最終的にどのような決断をするかは将来の自分に委ねるが、舞台に携わりたいという夢を叶えるため、全ての可能性を捨てずに生きていきたい。

留学スケジュール

2016年
9月〜
2017年
2月

カンボジア(シェムリアップ)

半年間、私は、劇団四季や宝塚歌劇団などで働いているのと全く同じ気概でインターンに臨んでいた。そのため、外国人として、その国の文化に携わらせていただいていることを自覚し、もし自分が宝塚歌劇団のスタッフで、外国人の同僚がいたら、その人に何を求めるだろうかと想像しながら働いていた。マーケティングでは、大学で学んだことを生かして、自分でプロジェクトを立ち上げて全力で取り組み、接客では、自分はカンボジア人代表としてお客様と接していると考え、カンボジア文化の美しさを身に付けようと自分を半ば追い詰めていた時もあった。
そして、カンボジア人といる時はカンボジア人の生活様式に従い、現地の文化にアンテナを高く張っていた。さらに、毎日、カンボジアの文化をふんだんに盛り込んだファーのショーを見ることで、価値観やクメール語の美しさなども学んだ。
この姿勢が、周囲との信頼関係につながったように思う。

費用詳細

学費:納入総額

- 円

住居費:月額

- 円

生活費:月額

- 円

ショーの後、お客さんとアーティストとの記念撮影(中央が私)
パーティーは食材持ち寄りのピクニックをするのがカンボジア流
アクロバットと演劇を組み合わせたPhare(©PPSE)
費用詳細

学費:納入総額

- 円

住居費:月額

- 円

生活費:月額

- 円

スペシャルエピソード

感謝してもしきれない、お世話になった・大好きな人

私は、同年代のカンボジアの一流のアーティストたちと半年間毎日接していた。演技だけでなく、たたずまい、まなざし、将来の夢を語る姿などに圧倒され、私は彼らの姿に毎日のように鳥肌が立っていた。

例えば、日本を代表する演出家、宮本亜門さんに才能を見出されて日本の舞台にも立ったラタ(26)。今は逆立ちが専門の彼だが、かつてアクロバット(バク転など)の専門だった。しかし、脚を故障してアクロバットができなくなった彼が考えたのは「脚で歩けないなら腕で歩けばいい」。これを合言葉に入院中に腕を鍛えた結果、今ではこうして世界で活躍している。この過去を平然と語る彼に、私は返す言葉が見当たらなかった。

将来はカンボジアの芸術界のリーダーになると語るソチア(28)。大スターとしてパフォーマーをやりながら大学に通い、その上、カンボジアで根深い教育問題を解決しつつ経営を学ぼうと、自ら学校も経営する。大変でしょうと聞いても、返ってくる答えは、「大丈夫。これが自分のやりたいことだから」。彼は私が人生で最も尊敬した人である。

彼らだけではない。アーティストが皆強いプロ意識を持って舞台に立っていた。これがプロなのだと、彼らと共にいて肌で感じた。さらに、彼らアーティストの共通点は、辛い過去を乗り越えてきたということ。だからこそものすごく精神的に強い。
私も彼らに恥じない人生を送っていこうと心に誓った。

来日し、宮本亜門さん演出の舞台で鈴木亮平さんらと共演したラタ
将来のビジョンを持った大スター、ソチア(左から2番目)
女性スター(中央2名)の技と努力にも脱帽です(©PPSE)

ココでしか得られなかった、貴重な学び

仕事で大切なのは、相手に最大限の敬意を払い、信頼関係を築くこと。それができないとアート業界でも良い作品は作れない。私がそのためにやったのは、小さなことの積み重ねだった。
例えばアーティストに対しては、
1.アーティストを開演前に見かけたら、「頑張ってね」と声をかける。
2.毎日必ずショーを見て、お客様の雰囲気やアーティストのコンディションを把握する。
3.ショーが終わった後には、舞台裏からお客様と一緒に大きな拍手を贈る。
4.お客様が帰った後、アーティストに個別に「お疲れ様」「素晴らしかった」と声をかけ、もう一度拍手を贈る。

これを毎日続けた結果、初めは赤の他人だったところから、半年間でこんな変化があらわれた。
・アーティストから声をかけてくれるようになる
・提案を私に言ってくれる
・ショーが終わった直後の正直な感想を話してくれる
・飲み会に誘ってくれる
・私に「頑張ってね」「ありがとう」と声をかけて、拍手を贈ってくれる
・仕事の中での想い、将来の夢や不安などを、本音を話してくれる

こうして、言語の壁を越え、ゆっくりと信頼関係を築くことができた。
それだけではない。仕事が行われる場所に対しても敬意を払うべきだと考え、劇場でのゴミ拾いなども積極的に行っていた。その結果、様々な人に感謝された。
敬意は言葉の壁を超えるのだと実感した。

尊敬するアーティスト、スレイレアクと、路上パフォーマンス前に
夕暮れ時の劇場。日没ぐらいから接客のための準備を始めます。
街の大きなフェスにスタッフとして参加しました(同僚との一枚)

感謝してもしきれない、お世話になった・大好きな人

ファーのショーにはライブペインティングもある。その演技を担当していた画家のソパが、2016年12月24日に亡くなった。25歳。幼少期から重い持病に苦しんできたそうだ。
彼のパフォーマンスを観たのは実質2週間ぐらいだ。知り合って2ヶ月。でも確実に彼は私を変えてくれた。
初めて彼を見たとき、彼が重度の障がいを持っていることはすぐに分かった。ただそれと同時に、彼に類稀な才能があって、堂々と生きていることも分かった。彼のライブペインティングは息をのむほど美しく、観る者に希望と勇気を与えてくれていた。そんな彼を、私は心から尊敬していた。

亡くなった翌日、クリスマスのショーは、彼が出ていた演目だった。その日は演技も舞台裏も、空気が異常だった。彼に捧げる舞台だった。
ミーティングの時の沈黙。アーティストのいつも以上の笑顔と、その眼の奥に光る涙。いつもの鮮やかな夕焼け空ではなく、喪に服すように日没後の暗い空を描いた画家…。
ショーの後、アーティストみんなを抱きしめたい衝動に駆られながら、半分涙目で、お疲れ様って伝えた。アーティスト達も涙目だった。

彼は、障がい者への見方を変えてくれたし、人としての生き方を教えてくれた。ほんのわずかの間だったけれど、仕事の中でもプライベートでも、彼への敬意を100%示せて私も嬉しかった。ソパ、ありがとう。あなたに出会えて誇りに思います。

スタンディングオベーションも起こるソパの演技(©PPSE)

休学しなくても半年間の海外インターンはできる!

  • 単位・留年 : 休学・留年

このインターンシップを家族に相談したのは大学3年の7月。家族からの条件は「休学しないこと」だった。インターン先から言われたインターンの条件は「半年以上」だが、休学しないという前例は見当たらない。全ての条件をクリアするために、ゼミの教授に相談して出した案が以下である。
・大学3年8月~大学4年7月 卒業論文を周囲より半年前倒しして取り組む。
・大学4年の夏学期までに、卒業に必要な単位を全て取得し終える。
・就職活動が大学4年の9月までには終わるように前々から準備する。
・大学4年の9月からの最後の半年間で、休学制度を使わずにインターンに行く。
・インターン後すぐに帰国し、大学4年の3月に卒業する。
私のインターンは、就職活動に直結するようなものではなく、今後10年、20年を見据えたものだったため、就職活動後に行うので問題ないと判断した。

【実際にプラン通り実行してみて】
このような形でインターンに行ったことは、大きなプラスだった。
1.このプランを実行しようとすると遊ぶ時間はないため、本来の大学の目的である学業に、本気で打ち込むことができた。
2.就職活動中も、「実行力」という点で目を引いた。
3.就職活動の後に燃え尽き症候群にならない。だらける時間がなかったために、メリハリのある生活になった。
4.インターン中に、100%インターンに集中できる。帰国したら卒業するだけなので、休学していると気がかりな帰国後のことを、一切考えなくてよかった。
5.社会人0年目という気概で仕事ができる。内定先の企業で何を求められているかも常に考えながら仕事ができたことで、インターン先だけの力では得られない自己成長も遂げることができた。

長期の海外インターン=休学と思い込まず、休学しないで行くという可能性も探してみても良いかもしれませんよ!

開演直前、満席の場内と私。真剣そのものです。
スタッフ用の劇場前屋台。ここの店員さんとも仲良くなりました。
初日の出はカンボジア人の同僚とアンコールワットで見ました。

留学前にやっておけばよかったこと

あえて言うなら、英語と業界構造等の下調べ。ただ、私の場合、インターンに行く前にあれ以上のことはできなかったと思うので、特に後悔はしていない。

留学を勧める・勧めない理由

留学に行かなければ決してない出会い、人生が変わるような体験というものは、あまりないと思います。どの国であっても、人間や人生の本質は変わりません。
ただ、カンボジアを中心にしたインターナショナルで一流の環境にいたことで、多くの国の人と出会えたことは事実です。そして、出会った人の人生観のレベルが私の中での基準にもなりました。
人生の目標を、世界規模で見て作ることができる。それが留学の魅力です。

これから留学へ行く人へのメッセージ

留学には目的意識を持っていきましょう。目的意識が明確であればあるほど、周囲の情報が、全てその目的のために集まってきます。すると、当初の目標以上のことも達成できてしまうものです。
私はPhareでのインターンの目的を150%達成したし、心底楽しみました。例え多少辛くても、目的があれば頑張れます。あなたの留学の目的はなんですか?