留学大図鑑

渡部清花(Jess)

出身・在学高校:
静岡県富士見高校
出身・在学校:
静岡文化芸術大学/東京大学大学院
出身・在学学部学科:
国際文化学科/総合文化研究科
在籍企業・組織:
ちぇれめいえproject/WELgee

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・日本に逃れてきた難民の方々の居場所をつくる活動を東京ベースでしています。ご関心のある方、ご連絡いだたけたら嬉しいです。できること一緒にやっていきましょう^^

紛争後の平和を創る〜NGOと国連の視点で

留学テーマ・分野:
海外インターンシップ
留学先(所属・専攻 / 国 / 都市):
  • 国連開発計画(UNDP)
  • バングラデシュ
  • チッタゴン丘陵地帯
留学期間:
6ヶ月半
総費用:
- 円 ・ 奨学金なし

語学力:

言語 留学前 留学後
チャクマ語 挨拶など基本的な会話ができるレベル<この先住民族語がこの世に存在していることも知らなかった> ネイティブレベル<値切れるし議論できるしヒアリングできるし恋愛できる>

留学内容

【目的】
"民族対立が残る地域での開発のあり方"を実践の中で学ぶ。
民族対立地域で、国際機関の開発は人々と地域にどのような影響を与え、生活をどう支えていくのか。マイノリティ側にはどのような配慮と方向性を示していくのが、持続可能な開発の道なのかを学ぶ。NGO駐在員としての草の根型の支援と、国連が行う公的な支援の両サイドの可能性と限界、メリットとデメリット、将来的な協働のありかたを見据える。

【内容】
「住民が自らの力を発揮して、地域づくりや開発に関わっていく仕組みづくり」をするコミュニティー・エンパワメントという部署に所属。エンパワメントとは、人々に夢や希望を与え、人が本来持っている生きる力を湧きださせる活動のこと。

【任務】 
「村の中で経済的にも政治的にも、最も弱い立場に置かれてきた女性たちが、自らが主体となって活動する女性組合の活動を通してどのように変化し、社会へのコミットメントができるようになってきたのか」の調査とインタビュー、ケーススタディー収集、報告書作成。女性が政治の意思決定に参加したり、経済活動に力を発揮したり、女性ならではの能力を生かせているか、持続性は考慮されているのかなど組合への聞き取り調査を重ねてレポートを作成。それにより今後、国連がこの事業をどう進めたらより効率がいいのか、長いスパンでの持続性をもたせられるのか提案する。

留学の動機

7才。バングラで看護師をしていた叔母を訪ねた記憶→小学校の時、教科書の途上国の写真を見てはっとする→大学で国際協力を勉強→国の中のマイノリティである先住民族の地域に足を運ぶ→滞在最終日に直面した国家と先住民族の衝突。軍。負傷者。戒厳令。交通封鎖→見えない紛争地の歴史と背景→大学の仲間とNGOを立ち上げ→4年次休学、現地駐在員→NGO的な草の根支援と、国際機関や行政の役割や連携のあり方に関心を抱く

成果

外国人職員が調査の日だけ、ぴかぴかジープで村に来て「プロジェクトの様子はどう?」と質問したら、一番英語が得意な男性が「すべて順調にいっています!だから、来期も支援お願いしますね」と台本通り答える。そんなやりとりでは、いつまでも本質が見えない。進捗を把握し、改善点を提案するのが仕事だった私は、なんでもない日に訪れ、現地の言葉でおばちゃんたちと話し、見えていなかった課題を盛り込んだ報告書を作成した。

ついた力

自分がどんなポジションにいるかを見極める力

国連機関だからできる大きなインパクトを持った開発と、NGOや個人だから即効性をもって柔軟にできる活動がある。例えば、すぐ近くで起きた先住民族の村への襲撃事件に対する緊急支援。国連は「中立」という最重要なスタンスから支援を全くできなかった。一方、個人のグループやNGOは翌日から動いていた。どちらが良い・悪い、ではなく、地域づくり国づくりに関わる際には、様々な観点とその協働がカギになってくる。

今後の展望

「国家が守れない・守らない人の命や生活を誰が保障するのか?」
現場での経験からあふれる疑問をきちんと体系的に学びたく東京大学大学院・人間の安全保障プログラムに進学。上京して出逢ったのは、日本に逃れてきた難民の人々。私がいた地域よりもっと厳しい地域や国の恐怖から逃れた先でも十分な保護が得られない、国家と国家の間で宙ぶらりん状態の人々。彼らが第2の人生に懸けられる日本社会を作ることに決めました。

留学スケジュール

2014年
12月〜
2015年
6月

バングラデシュ(チッタゴン丘陵地帯)

【目的】
"民族対立が残る地域での開発のあり方"を実践の中で学ぶ。
民族対立地域で、国際機関の開発は人々と地域にどのような影響を与え、生活をどう支えていくのか。マイノリティ側にはどのような配慮と方向性を示していくのが、持続可能な開発の道なのかを学ぶ。NGO駐在員としての草の根型の支援と、国連が行う公的な支援の両サイドの可能性と限界、メリットとデメリット、将来的な協働のありかたを見据える。

【内容】
「住民が自らの力を発揮して、地域づくりや開発に関わっていく仕組みづくり」をするコミュニティー・エンパワメントという部署に所属。エンパワメントとは、人々に夢や希望を与え、人が本来持っている生きる力を湧きださせる活動のこと。

費用詳細

学費:納入総額

- 円

住居費:月額

7,000 円

生活費:月額

5,000 円

女性組合へのインタビュー風景

スペシャルエピソード

留学中に手に入れた、今でも大事にしているもの

先住民族の同世代の若者たちと

NGOを立ち上げ、駐在員として村人や子どもたちと日々を過ごし、現地の団体と共同でプロジェクトを企画したり、里親制度を軌道にのせたり、日本と現地をつなげたり、同世代の若者たちの可能性を延ばす仕掛けを作ってきた最初の一年間。

そして、国連開発計画で、大きな組織ができる支援、逆にできない支援、政府や軍との関係、本当に解決しなきゃならないことに触れられない理由を知った半年間。

彼らが現地語で語る本音に触れ、文献にもない事実も知りました。誰にも言えないような情報さえ入るようになっていた。一緒に緊急支援に乗り出したり、活動家の女性と平和について考えたりもする。

でもふと、考えます。「彼らはわたしに対して心の底でどう思ってるんだろう」

「先住民族の子どもたちのために、教育の機会をありがとう」などと言ってくれるけど、心の底ではどう思ってるのか。

先住民族のなかでも、政府に対する考え方の違いから争いが起きています。政府は治安維持名目で軍隊を派遣し、先住民族と入植者の争いも含め様々な形で人々の血や涙が流れます。

平和、弾圧、軍隊について友人たちと話になって話し合いになったとき、わたしが「それでも平和への手段に武器はだめだよ」というようなことを言うと「はぁ…やっぱりわかってない」という顔をされることがあります。(続)

留学中に手に入れた、今でも大事にしているもの

紛争時代を生きた村のおばあちゃん

「平和で金持ちの先進国JAPANからきて、武器はだめとか、言うけどさ、村には軍隊が銃を持って駐屯しているんだよ。僕たちは生まれてこのかたずっと弾圧され続けてるんだよ。さやか、親戚を殺されたことあるの?その憎しみがわかるの?自分のアイデンティティでばかにされたことあるの?朝起きたら自分の家に火がつけられるかもって考えたこと、あるの?妹が学校の帰りにレイプされたらって心配したこと、あるの?」

みんな平和を願っているのに。こんな会話になったとき、私は帰って泣きました。

みんなの前で泣いてはだめだと思って、その場では静かに涙をこらえて聞いてるだけにして。

いくら話しても、真剣に話しても、そのとき話は平行線で。悔しかった。

そのときの私は、彼らを納得させられるだけの論理をもってなかったのです。
そのとき、きちんともっと平和を築くとはどういったことなのか、系統立てて学ぼうと決心しました。

「武器がいい解決法じゃないのはこういう理由なんだよ、世界ではこんな人たちが、自分たちのアイデンティティのために立ち上がってきたんだよ。そしたらこんな人たちが協力してくれたんだよ。こんな方法もあるんだよ。平和を築くにはこんなことが大切なんだ。いま、この地ではこんなことができる段階なんだよ!」
私が、こんなふうに伝えることができたら。(続)

留学中に手に入れた、今でも大事にしているもの

プロジェクトを実施していた村のひとつ

平和を築くとはどういうことなのか。きちんと系統立てて学ぼうと決意しました。

私にとって、たまたま出会った地域・人たちかもしれない。
でも、世界中で同様のことが起きている。

他地域とのネットワークを築き、世界から取り残された地域や人々からの届かない声を地球の表側にもってくる、そんなことができたらと思い描きます。
その土地の若者たちが踏み出す一歩を後押しし、国内外からの人々が様々なカタチで応援できる仕組みを築きたい。多数派であることで気がつかない暴力性がある。暴力や権力で弱いものを黙らせる行為は許さないという姿勢を国際社会が示していく。
「マイノリティーの人々が生き生きとで過ごせる社会は、みんなが笑顔でいられる社会」
そんな未来の実現に向け、日本人が得意な平和的な方法で、当事者たちと共に訴えていきたい。
国連、二国間支援、NGO、個人。それぞれできることとできないことがある。どちらがいい・悪いではないのです。私が苦手なこと、あなたは得意。あなたができないこと、私はたまたまできる。どんな地域や課題にも、できることは確実にある。
国際協力もご近所での協力も同じこと。
「なにもかもはできなくても、『なにか』は必ずできる」
そう信じて、これからも活動を続け、関わり続けたい。(終)

学部生なのに国連でインターンシップしたくなったら、あとはあなたの気合次第!

  • 留学先探し : インターンシップ

もともとNGOの駐在員として1年間暮らしていた先住民族の村。
フィールドワーク中に国連のオフィスを発見して突撃し、
最初は先住民族の女の子だと間違えられて守衛さんに門前払いされたものの、
めげずに将来の上司に会いに行き、
インターンへの条件(1. 25歳以上 2. 修士以上 3. バングラデシュ国籍)をひとつも満たしていないのにも関わらず、
履歴書と経歴書を提出し面接を受け帰国。
帰国後に学食でランチをしているときに、
とてもとても電波の悪いバングラからの国際電話で
「12月からおいで!」と言っていただけてインターンが決まりました。
しかもそれはトビタテの2次審査の2日前!

わたしは現地人採用?していただけてインターンが始まりました。
よく、募集要項を見て、条件に当てはまっていないからと諦めてしまう人がいるのですが、
当たって砕けろ精神で本気で当たってみると、意外と砕けないものです。

でも一点補足。
わたしは現地の先住民族の言葉がそのときには相当流暢だったため、その要因も大きかったと思います。
それから、途上国ではコネクションが大きくものを言います。
正面玄関から入っていかないほうがうまくことが進むことも。
(朝日新聞連載コラム:http://bangladeshreportasahi2.blogspot.jp/)

フィールド調査中のひとコマ

そんな言語が地球にあることも知らなかった言語を半年後に操っているためには?

  • 語学力 : その他の言語

バングラデシュの公用語は「ベンガル語」です。
国民の99%がベンガル語を話す国で、私の活動エリアは、先住民族たちが暮らす特別な地域でした。
言語も先住民族語。
暮らし始めて2週間経って気がついたのは、この言葉には文字もないこと。
(正確には昔はあったが消えてしまったということ)
せっかくベンガル語の日常会話を学んで行ったのに意味もありません。
とはいえ、文字のない言語なんて学ぶのは生まれて初めてです。
活動をしに行ったのに、朝から晩まで、現地の人たちの会話がひとつもわからない・・・
最初は文字どおり身振り手振りで生き延びる約3ヶ月。
文字がありませんから、耳で覚えるしかありません。
それでも、毎日毎日聞いて聞いて覚えて使っているうちに、3ヶ月経ったある日、昨日まで音楽のようにしか聞こえていなかったセンテンスが、単語単語に区切れて聞こえるようになったのです。
その日以降、霧が晴れたように言葉がわかるようになりました。
いまは、まったく問題なく聞き、話し、インタビューできます。
とにかく用がなくても現地の人と一緒にいること。
一緒に食べ、話し、暮らすこと。
上達のコツはそれだけです。

私の言葉の先生たち

Whyが明確ならば、Howはなんでもいい。たくさんの人を巻き込んでいく。

  • 帰国後の進路 : 起業

紛争地から日本に帰って来て、出逢ったのは難民の人たちでした。
弾圧や紛争やその他の恐怖から他国へ逃れるしかない人々。
逃れる先に日本という国を選んだ人たちがいました。
“社会の一員として生きてゆく"そんな当たり前のことが、自分の国でも、逃れた国でもできない人たち。
難民の人たちが、自分の可能性を200%発揮できる社会にすると決意し、事業化を進めています。

それはトビタテで留学中に向き合っていた「国家の弾圧にあう先住民族の人たち」と構造は同じでした。

その際にたくさんの方々にお世話になっているので、本気で事業を始めたい・起業したいあなたへ、いくつかとっかかりのヒントを記します。

ETIC.というNPO法人が主宰するMAKERS UNIVERSITY(http://makers-u.jp/)という大学生向けの社会起業家養成塾に参加。
そこで事業を一緒に立ち上げる仲間に会うことができました。
(MAKERSデモデイ:http://drive.media/posts/13765)
その後、SUSANOO(http://susanoo.etic.or.jp/)というソーシャルビジネスのアクセラレーションプログラム、東京都の新規事業プログラム(http://acceleration.tokyo.jp/)に参加し、様々なアクターを巻きこみながら、これまでとは違う手法で、日本社会もHAPPYにしながら、課題も解決する方法を模索しています。

難民申請中の参加者と日本の大学生と登った富士山プロジェクト

留学前にやっておけばよかったこと

トビタテ生ととびたつ前にもっと仲良くなっておく。
とびたっている期間に、世界中で頑張る仲間との近況報告、同じ分野の人とのやりとりは留学をさらに深いものにしてくれるので。全然違う分野の人とのつながりも、実は後から効いてくるよ。

留学を勧める・勧めない理由

留学は手段のひとつでしかないので、「留学を勧めるか」という問いは非常に難しい。
WHYが自分のなかにあり、それを探求し、解明し、勉強し、理解し、実験しに行くHOWが留学であるならば、なにも怖がらずに飛び出て行ってほしい。
そうやって、背中を押し合える、挑戦を歓迎し合える社会は、きっと楽しくてわくわくに溢れているから!

これから留学へ行く人へのメッセージ

「Exclusiveではなくinclusiveな世界観を」

いま世界に足りないのは「想像力」です・・・続
(5期生壮行会スピーチ全文:https://note.mu/jess/n/n9e1cf54c81ba)